Previously, mari's paris life


"La France traverse une phase de vulgarite. Paris, centre et rayonnement de betise universelle" - C. Baudelaire :p
8月は空っぽの月に

土曜日、またも数件内見に郊外まで出かけた行った帰り。さしかかったとある公園の前で、こんな通りの看板が、、、そのまま英語に訳せば、"Passage of why not"だけど、誰が、一体なぜ、こんな名前を、、、

あーフランスってほんと、時々ほーんと笑わせてくれる!X'D




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アパート探しもいよいよ佳境に差し掛かってきております。と、願いたい。今週中にはっきり分かるはず。ドキドキしながら連絡を待っているよ。仮に口頭でオーケーと言われても、紙に書かれていない限り、決して信用してはいけない!書いてあることが大事、これほんと、働いている時にイヤという程学んだ、教訓であります。口から出た言葉ははらはらと舞い、決して重みと、意味を持たないのだ、残念ながら。



実は他に一件程、まぁ「保険」として今一週間程押さえている物件がある。本命の、第一希望のアパートが万が一頓挫して、決まらなかった場合の、保険…。そっちの方が、バスルームに行くアクセスが片方の寝室からしか入れないという、ちょっとした問題はあるものの、閑静な住宅地にあり、駅からも割と近く、エレベーターはないけど二階だし(日本でいう三階)、裏に静かな庭もあるし、木の床だし、かなり広いカーヴ(地下にある押し入れのようなもの)はあったし、機能的にリフォームしてあるしで、圧倒的に便利で、住みやすい建物なのは分かっているのだけれど、私も彼も、不動産探しとなると、どこか"Wow…"と、住む人、訪れる人が感動するのが大事!というコンセプトがあって(笑)、本命のアパートの方がその基準をクリアしているのだった。たとえ、そもそも希望していた「ちゃんとした寝室が二つあること!!」という条件が、「あれ、子どもが大きくなったら我々大人は二間あるリビングの片方に出ないといけませんけど、、、毎朝ソファベッド直さないといけませんけど、、、(めんどくさい)」にすり変わっていても、、、、、、"Wow"が大事な私たちである。馬鹿かもしれない、うう、、、、。







前にもどこかで書いたかもしれないけど、フランスに来て、日本にいた時とは比べ物にならない頻度でお寿司を食べている(笑)。一度なんか、朝から同僚に、「ねぇねぇこっちのお寿司と本場のお寿司はどう違うの?!」と、それはそれは興味津々の顔で聞かれたっけな… 朝からですよ!!朝っぱらから寿司について思うフランス人… 熱い眼差しが嬉しかったな。


それでこの写真は一体何なのかというと、先にインスタグラムにアップしていたのだが、フランス全土にSushiShopという、配達もしくはテイクアウトオンリーで営業しているお寿司屋さんがあって、巷に溢れるニセ・ジャポネ、主に日本人ではない人々が、儲かるからといって営業しているお寿司屋さんより断然美味しいしで、その分ちょおっと高いけれど、私たちもよく頼む。特に、金曜の夜!これはもう定番。


彼も私と付き合い出してからなのか、俄然お寿司が好きになり、アレルギーがあるから魚以外の貝など、いわゆるシーフードは食べられないのだけど、SushiShopを頼むこと、大体10日に一回、という頻度なのである…。もはやこれは、立派な寿司中毒?!ピーターもお寿司大好きで、「ほんとに私、中毒かもしれないわ」と言っておった。(余談だけどピーターは、去年オランダを去り、なんと正式な移民手続きを踏み、彼と一緒にオーストラリアに引っ越した!)


それでこないだ、久しぶりにデリバリーで頼んだところ、私の大好きなカリフォルニアロールに肝心のアボカドがないー!!!もうこれって一大スキャンダルで(大げさ)、思わず写真に撮って、クレームのメールを送ったさ!しかも、他の巻きにかろうじて入っていたアボカドは全然熟れていなくって、とても食べられたもんじゃないという、酷いレベル。。メールを送って、もうすぐ一週間が経つけれど、依然、華麗に返事はないけどね、、、いいのさ。何事でも意見するのが大事である。



という風に、いかに立派なチェーン店でも、時々こんなことがあるっていう、なんともおフランスな具合であります。ちなみに全然熟れていないアボカドが入っていたのは、これで二度目だったので、さすがにメール書いた。また別の時なんかは、注文して2時間経ってやっとデリバリーが来て、この時、すでに夜の11時過ぎ、、、。あのー、9時過ぎに頼んだんですけど、それも、40ユーロ程。
ということでこの時はコーチが騒然と冷静なる怒りのクレームを眈々としたため(今思い返してもあれは本当に名文であった)、その甲斐あって、数日後「お詫びに」と、15ユーロ分無料のクーポンが来たのであったー。さーて、今回はどうなるか。でもさぁ、カリフォルニアロールにアボカドが抜けていたら、それって全然カリフォルニアじゃないよね。しかも私は、正真正銘ほんとの日本人だよ!(寿司の国から来てると言いたい)



ちなみにお寿司の中毒性についてだけど、真相は謎と前置きしておくけれども、前にテレビで、ノルウェーサーモンの養殖に使われている餌の中に、実はEUで禁止されている有害物質が入っていて、幸いなことに基準値を上回ってはいなかったのだけど、今まで餌会社を信じていた良心の漁師さん、愕然とし、憤慨、、、、という内容のルポルタージュを観たことがある。。


超絶理系のコーチいわく、「こんなEUの基準値なんか嘘で、少量でも十分危険、特に子どもを作りたい場合には」とのことだけど、あの番組を観て、「しばらくサーモンを食べるのはよそう」と無言で誓い合ったのはいつだったか、、、。あれからしばらくは、ショックで二週間に一回に減らしたものの、気が付くと下手すると毎週一回は、Sushi night!前のリズムに戻っている我々である。。


餌の中に含まれる危険因子以外にも、養殖だからどうしても大量の鮭同士がゲージの中でぶつかり合い、傷が出来ると他の鮭にも病気が移りやすく、危険、というシーンもあった。これ程にも世界的にSushiが人気だと、その需要に供給が追いつかず、人工的かつ、まるで機械的な養殖に頼るしかないという現実が出来上がっているけど、ほんとうに食の安全については、大事な問題だなぁと思う。それらを口にする、私たち消費者自身が意識していかないことには、避けられない問題だろう。個人レベルで注意し、戦うしかない。







8月になった。7月も終わりに差し掛かると、パリジャンの一群は大体海か、山か、田舎の方へバカンスで出かけて行くので、その代わり、今の街には観光客が多い、多い。歩いていても、聞こえて来るのはフランス語よりも英語、スペイン語、イタリア語、中国語だ。韓国の方もよく見かけるな。昨日の夜は、食事の後、暑かったせいもありアイスクリームが食べたくなって、散歩を兼ねて、マレの方へぐるーーっと歩いて行ったんだけど、あの辺りのいわゆる高級住宅街は、まるで「空っぽです」と屋根の上に音が出ているように、静かだった。あれ程までに辺り一帯の人が出払ってしまっているという音が聞こえてくるなんて。(しかし、そうなると今度は空き巣が心配なフランスである。あぁ、これが現実…….。私もフランスで暮らしていて、スリよりも何よりも怖いのは空き巣である。)



土曜の夜は、上の写真にある通り、19区の端っこにあるラ・ヴィレットという公園で毎年夏に開催される、野外映画祭に出かけてきた。初めて行ったのが二年前だったな。次の日ローマに発った前日だった、よく覚えている。それが彼との初めてのバカンスだったから。(と書くと響きだけはかっこいいけど、なぜ覚えているかというと、その時もう1年半も付き合っているのに、や・・っと初めて一緒に過ごすバカンスで、『こんな遅いリズムで、これから私たち一体どうなるの、大丈夫かな。。』と不安に思ったのをよく覚えているから(苦笑)!)



毎日違う映画が上映されていて、毎週日曜日の夜は、レトロな映画の様子。映画の上映自体は夜10時から始まるけど、みんな早めに行って、場所取りを兼ねたピクニックをする。いくら夏でもヨーロッパの夏なので、10時半頃には肌寒くなる。よって、みんなダウンジャケット(!)を着込んでいたり、薄手の毛布にくるまったり、もしくはひたすら赤ワインを飲んだりして、防寒必須で、観る。今年のプログラムはここで見れます。


この日私たちが見たのは、Take Shelterというアメリカ映画。ちらっと批評をチェックして観に行ったら、四つ星だったのでかなり期待して観たけど、前半の30分はまだまだ話に引き込まれて、真剣になって観たものの、ある時から覚めてしまって、最終的にはあまり面白いとは言えなかった。しゅん。けど、いいのさ。外で大きなスクリーンで観る。この環境が十分楽しいから。ちなみにスクリーンは、空気を入れて膨らます、大きなクッションのようになっていて、気付いた時、笑った。芝生に着いた時、スクリーンがないので「あれ?」と思っていたら、そのうちぶくぶくと立ち上がるものが見えて、何かと思ったらまるでミシュランタイヤのキャラクターのごとく白く膨らむ、スクリーンだった。



ラ・ヴィレットではその場で長椅子も借りることができ、楽な姿勢で鑑賞することも出来るけど、中には自宅から簡易チェアを持ってきて、静かに見ふける初老の紳士の姿があり、『あぁ早くあんな風に、誰にも邪魔されることなく、雰囲気をまとった老人になりたい』と思わず思ってしまった…。まだ31歳ですけど?!今仕事探しを初めて、ちょっとまた精神的に辛い時期に突入しそうな兆しだからさ、つい。ただでさえ興味のある・応募出来る求人が少ないのに、応募して面接にも呼んでもらえないとなると、人間、落ち込むよねー。アパートと同じて、ポジティブでいるのが大事で、きっとどこかでまた素晴らしい仕事に巡り逢えると思うけど、書類でも通過しないなんて、うぅ。


と、一抹の不安はあるけど、あまり深く考えず、せっかくの楽しい夏なので、明るく切り抜けたいと思いまーす。








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蛍光色は夏の証し


New in. ちょっと前に買っちゃった、今年の夏限定の、YSLの香り。赤い実の香りで、なんともフレッシュ


問題は、今年限定だから、なくなっちゃたらもう買えないってことー! 大事に使っているよ。





なんだかまた秋みたいにひんやりとした、曇りがちのお天気が続いていて、(おばぁちゃんみたいだけど)夜は毛布がないと寝られないし、『えーもう夏はほんとに終わり??』と不安に思っていたら、今日は晴れて、ほっ。暑くなると、街には蛍光カラーの服を着た女子が増えるであります。これ、他の国でもそうかもしれないけど、誰が始めたのか、何年か前からのトレンドで、天気がいいと、ピンクやオレンジ、グリーンの蛍光色のTシャツ、ネイル、スカーフが目を惹く。真夏にしかできない、特権!曇った日にすると浮いちゃうのでご注意を…(笑)。



そして秋冬になると、またアースカラーがぐっと増えて、暗〜い、くすんだ色ばかり着るようになる。赤はまだしも、秋冬にフューシャピンクや黄色なんかを着ると、景色と合わない。私はパリに住んで、グレーがすごく好きになった。ライトグレーはブロンドの髪をした人が柔らかいニットなんかで着ると、明るい色同士ですごく映えるし、チャコールグレーはシックでいい。黒も好きだけど、グレーの方がニュアンスが豊かで、そういうわけでワードローブでは俄然、グレーが多くなった。一度、こんな調子のまま冬の東京に行った時、冬晴れの美しい東京では、私はほんとうに、「薄暗い国から来ました...」という格好になり、可笑しかったことがあったな…



よく雑誌の特集なんかで、パリジェンヌのファッション、普段の格好を見せたものがあるけど、そういう時には決まって「ベーシックなアイテムを合わせて」とか「基本色を…」、「モノトーンが多い」なんて記述がある。けど、あれって実は、みんなお金がないから、何年に渡っても使える、無難なアイテムを賢く買っているからなのだ。それだけ、個人レベルのみならず、全体として廃れない、錆びないスタイルがあり、それが俗に言われるフレンチシックと呼ばれている秘密。それでも、あんまりモノトーンだけじゃいつも同じ印象になっちゃうし、赤いネイルをしたり、真っ赤なリップを引いたりと、アクセントを付ける、工夫をする。レトロなフォルムの眼鏡でもいいだろうし、パールのピアスでもいいだろう。(あんまりパールが多いと、それはそれで別のスタイルになってしまうけど、、、Catho!)



最も、ここ10年ぐらいで、フランス人の消費も上昇傾向にあるのか、とは言え、到底そうは思えないんだけど… ぶつぶつ。それとも数あるファッションブログの影響なのか、決して安くはないmajeやsandroなどのブランドは人気だし(それでも両ライン揃ってヒットすることは稀らしい)、ZARAではみんなものすごく買っているし、今では25歳くらいの若い子でも、ヴィトンのバッグを持っていたり、ゴヤールのトートを持っている子もよく見かける。謎。


まぁゴヤールは、香港やバンコクなんかで簡単に偽装品が買えるから、みんな、そうしているのかな、、、?と思ったりして、、、。数年前だったらブランドものは一部の人しか持っていなかった。それこそ、目に見えて分かるような、バリバリに決めた、ファッション関係者やテレビ局勤務の人など。ここ10年で、フランス人の経済価値も変わったのか、いやはやそれはパリだけなのか、「買わない主義」と思えたフランス人も、影響を受けるものなんだなぁと、感慨深い。謎です。(注・偽装品の購入、フランスへの持ち込みは法律で禁止されているよー!)









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アパート探しは依然続行中



あんなに暑かったのはどこへやら、またひんやりとしたいつもの夏に戻ってしまいました。もうフランスの夏は終わり?終わったの…?と、みんなが不安に思っていることであろう。再び夏がやってくることを、期待。


15件はいってないかもしれないけど、内見に行ったアパートの数、依然、増えております。これは、最初の方に見に行って、『やっぱりこれに、オファーしとけばよかったぁ…』と後悔しているアパート。結局この物件だけが、フランスらしいかわいい古いタイプで、ちゃんと寝室が二部屋あった。。部屋自体も全部で66㎡あったしね。広かったよ。けれどキッチンとバスに工事が必須で、それにビビっていたら、そんな心配はもとより、知らないおじさんに現金でさくっと買われて行ったのだったーーーー。


さーて、どこへ決まるやら。。





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Mariage J+R












なんだかこないだから、西へ東へ大忙し。これ程までにフランスを再発見できる機会もないだろう。先週末は友達の結婚式に招かれて、南フランスのトゥーロンへ行ってきた。トゥーロンと言っても、市役所と教会での式があったのはトゥーロンから車で30分程山の方へ入った、ル・ボセという町で、まだキャトルズ・ジュイエ、革命記念日のお祭りの際に出したままになっている小さなフランス国旗が飾られた市役所は、村の雰囲気をしっかり残したまま、可愛らしく、すぐ隣にある町の教会は、控えめだけれどとても良い雰囲気で、美しかった。


夜は海沿いにある、普段は高級レストランらしい豪華な会場でレセプション。会場はもとより、特筆すべきはこのロケーションである。まさに海を眺められるように立っている。この地域でも有名な結婚式会場なんだって。こんな雰囲気、パリでは到底味わえないから、少し遠いけど、行った甲斐があったし、何よりこんな素晴らしい景色の中、式を挙げることに決めた二人に、ブラボー!と言いたい。




フランスの結婚式は、それはそれは体力が要って、夕方6時半にカクテルが始まったかと思えば、そのままスタンディングでしばらくおしゃべり(ヒールでの辛さに座りたがる女子続出)、その後テーブルに案内されるのが8時過ぎだっただろうか。今回は特別に、食事の前にウォーミングアップとでも言おうか、いきなりDJが登場して、ディスコテックになった。その後また席に着き、食事が運ばれてくる。食べ終わると、デザートと飲み物のビュッフェが設置され、そのまま再度、クラブモードに展開!


少なくとも、そのまま朝3時まではぶっ続けで踊り明かすことになる。3時までですよ。。。中には朝6時までなんてのもザラ。結婚式はおめでたい出来事と言わんばかりに、こういうところ、私は密かに、昔はそれくらいしか盛大に祝うことがなかったんだろうなぁと、遠い中世の、村文化から来てるんじゃないかと思ったりして。



ダンスは得意のブラジル人チームに任せておいて、フランス人チームはひたすら床が壊れそうな程音を立てて、ジャンプしていた(笑)。ブラジル人の踊りの上手さはあれだね、きっとDNAか血の中に、刻まれているんだろうね、と思うくらい、皆かっこいい。どんなリズムにも合わせて、すいすいと踊っちゃうのだ。まったく見とれて、惚れ惚れしちゃうよ。



翌日日曜日は、新郎の両親の別荘にてブランチに。しかもプール付き!この別荘のある地域が本当に素晴らしくて、まるで谷のようになっている、山間にあるんだけど、標識もない小さな小さな道を車で進んで行って、辺りはなんと、一面のブドウ畑!事実、シャトーもあったり、ドメンヌもあるらしい。たくさん看板を見た。朝起きて、窓を開けると、この景色が見えるって、どんな幸せなんだろう。。。もうみんなで言ったもんね、「なんで私たち、狭くて高くて汚いパリなんかに住んでるんだろう??」って。(けれどまた、そんなパリが好きで、住まずにいられないのがパリを愛する者の矛盾でもある)



プールで泳ぎ、遊んだ後、新郎のお兄さんが出してくれた飲み物の中に、ラベルのしていない、簡素なワインボトルの中に入ったロゼワインがあった。たぶん、この辺りで採れたもので、市場には出回っていないのだろう。このワインの美味しかったこと!!寝不足だったから一杯しかもらわなかったけど、忘れられないフルーティーさと、すっきりとした甘さであった。出来るものなら買って帰りたかったよ。


別荘のある生活、憧れるわー トゥーロンの駅周辺にある、AirB&Bで借りたアパートもそれはそれは広く、素晴らしかったし、まったくもって田舎での生活の方が、素晴らしいクオリティーで、(またも同じオチになるけど)一体何がよくて天気の悪いパリで働き、暮らしているんだろうと、イヤになるような素晴らしさだった(笑)。田舎は人も優しいし、どんなお店のどんな店員さんだって陽気でニコニコ、この上ない丁寧さである。なぜにパリではみんなツンツンしているのか



とにかくJ+R、結婚おめでとう 二人の素晴らしい結婚式のみならず、南フランスにたっぷりと魅せられた週末だった。いつかこんなところに別荘が買えるように、頑張ろうーと、きっとみんなが思ったはず(笑)。




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崖っぷちでは愛を告白されたい。その夢はいつも叶わないけど。










ノルマンディーが豊かな酪農王国だとしたら、ブルターニュは海の国、風の国って感じだ。生粋のブルトン人は、青い目で、髪は金色で、絶え間なく吹きさらす風のせいか、前髪が乾き切って、乱れていても気にしない、そのままのざっとした髪のままでいる。整えたりなんかしない。飾らなくて、自然体。ちなみにブルターニュの苗字には、「〜ック」で終わるのが多い。広報の素敵な女ボスもブルターニュ出身だったので、例に漏れずそうだった。習字教室の友達も一人、そうだな。


次の日、フレエル岬というところに行ってきた。自然が切り開き、織り成した、だだっ広い野原のような場所に、岬がある。断崖絶壁になっていて、見下ろすとエメラルド色の海が。何もないのに、鳴門みたいに渦巻いてる箇所がある。不思議だ。時たま小さな舟が往来して、時間だけを楽しむ人の姿が見える。灯台があって、全部で145段もあるステップを登って、上まで行ってきた。ビルだったら7階建てだね。



こんな崖っぷちに立つと、それこそ風が強くてろくに目も開けられない。のが二枚目の写真ですw あまりに風が吹くので、そのうち髪はまとめてしまった。ちなみにもう4月のことだけど、髪の毛切りました。ずーーっと長くしていたけど、いい加減限界が来たので。




晴れたり、曇ったり。小雨が散らついたり。ずーっと晴れ間が続くということはない、典型的なブルターニュの天気。まるで故郷の街みたいだなと思う。そこに立つ家は頑丈な石造りで、人は気骨精神に溢れ、それはまるで何世紀も前から立っている、あの豪邸のようだ。前回書いた、ブルターニュ出身の友達は、私が年末に送ったメールも虚しく、なんと亡くなっていたことが分かった。私が送ったメールは彼の目に届いただろうか。亡くなっていたのが寝室なのか、書斎なのか、家のどの部分なのか未だに分からずじまいだけれど、どうか彼が、苦しまず、孤独の中亡くなったんじゃないことを、ただただ願う。ブルターニュに来ると、吹き止まない風の中で、いつも彼のことを思い出す。最後に会いたかった。例えもう、声が出ない状態でも。



À Jean.




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海辺の家で思うこと


人生二回目のブルターニュに来ています。こんにちは。714日、今年は火曜日が、日本でよく言われる「パリ祭」、革命記念日で祝日なのだが、そこは得意の有給で埋めて、13日月曜日も休みにしてしまった(彼が)。長い、週末のさなかです。なんかもう、毎晩アパート探しまたは内見に明け暮れて、あちこち見に行ってはがっかりするのを繰り返していたら、私も彼も、すっかり参ってしまって。まだ始まったばかりだというのに、一体どうなるんでしょうという感じですが、結局はいつも、思ってもなかったような場所の、いいところに決まるのであって、ポジティブでいようと思っているよ。

 

 

面積はむちゃくちゃ広いが、ただし工事が必要  それも莫大な。という物件を二件見た。一件目は主にキッチンとバスルームの大改造が必要で、それ以外は部屋の状態もいいし、電気系統はちゃんと標準に直してあるしで(それが大前提じゃないフランスってすげーだろ)、広いし、一階にあるしで、よかったのだけれど、大通りにあるせいで、二重窓を開けると車の音が聞こえる、聞こえる。それもバスまで通る、二車線だった。

 

 

不動産屋のおっちゃんは、「欲しいのなら、急いで」と言ったが、私たちが買いたいとオファーするか迷っている次の日に、分かったことは、なんと私たちが前日内見に行ったとっくの前に、15分だけふらっと見に来て、「現金で買っていく」人がいたらしい。。そういうのは、予めサイトで部屋面積や写真を見ただけでほぼ確信していて、工事をするのも怖くはないし、投資または賃貸目的なのだろう。まぁ、こういうのは稀なケースだと思うし、そう多くはないと願うが、改めて、パリ近郊のちょっとでも条件のいい、掘り出し物件の売られ具合、その速度に、唖然としてしまった、私も彼も。私たちが馬鹿みたいに、「どうする?どうする?いくらでオファーする?」と悩んでいるうちに、実はとっくに売れていたのだ、それも、現金で。。。

 

 

ブルターニュはやはりブルターニュらしく、曇り空が続き小雨が降るかと思えば、午後には太陽がゆっくりと顔を出してきたりして、本を読みに行ったビーチに着く頃には、やっぱり水着、脱がなければよかったなと後悔したりするのだった。(とは言え、ここだけの話だけれど、着いた日には、まったくもって中に水着を着てきておらず、砂浜に敷いたタオルの上にごろんとなれば、世間的にはもうバカンスが始まっていることもあり、海沿いの開放的な空気に任せて、サマーニットを脱ぎ、ブラのまま本を読んだ。さすがに下だけは、ショートパンツのままでいたけれど。なんてことはない、すぐ隣には、トップレスの人だって普通にいるのだからー!(キャーおフランスってば!)

 

 

12月。年明けのほんの前に前回初めてやって来た以来、二回目の、半年ぶりのブルターニュ。あの時と季節は変わっているけれど、行き交う人々のシックさ、本場のマリンルックは変わらない。私がいるのは、ブルターニュはブルターニュでも、サン・マロの向かい側にある、ディナールという町なのだが、どうしてディナールなのかというと、彼の両親が去年、そこにアパートを買ったからなのであった。不動産好きのママである。そのうち完全にこっちに住み移ってしまうだろう。それも、新築!おかげでフランスには珍しい、超超最先端のモダン住宅で、何もかもがドキドキしてしまうくらい、快適である。義理の両親に、感謝。

 

 

「この夏ディナールの家に行ってくれていいのよ、いつでも、好きな時に」とことあるごとにママは言ってくれていたのだが、急にこの週末に行くことに決めたのが、4日前くらい、、?運転こそ5時間少々かかるものの、ここに来るのだったらホテルが要らないし、何より海こそ見えないが、とても静かで、部屋に付いている小さなテラスのようなスペースに出ると、そこを飛ぶのは、カモメが数匹という具合なのである。カモメですよ、カモメ。昨日は思わず、どこか猫が鳴いているのだと思ったら、それは空を飛ぶカモメであった。そうでなくとも、何か鳥のさえずり声がする。なんという幸福な環境であることか。私は是非とも、そこのテラスに出してある、長椅子というか寝そべられるロングチェア(長椅子を英語にしただけ)に座って、この様にとりとめのない文章でも書いてみたいと思って、今回は夏だし、三泊四日分の荷物に加えて、MacBook Airを持ってきたのだけれど、やはり肌寒く、薄手のニットは必須なブルターニュの夏である。まぁさすがに、先週の熱波の際には、暑くなったのであろう。ロンドンでも暑かったという話だし。そしてあの2003年を思い出した異常な熱波は、一時はどこまで続くかと思われたが、5日程で無事、過ぎ去ってくれたので、杞憂に終わったと言える。あんなに寝苦しい思いをしたのは初めてだった、フランスで。猛暑が去ると、やって来たのはまた、ひんやりとしたいつもの夏だった。

 

 

ビーチに来ると、いつも思うのだが、私は砂が怖い。臆病になる。頼んでもないのに肌に貼り付くだろうか。公園の砂場と同じで、形を成さない、どこにでもするりと入り込んでしまう、ずるい存在。コンタクトをしている関係で、もう何年も、頭の先までずぶりと海の水に入り込んでしまう経験もしていない。いざ入ると、海の中は、浜辺から見るよりもうんと強い波の力があって、これまた怖くなる。とにかく私は、beach personじゃないけれど、それでも砂浜に来たら、サングラスを掛けて、日焼け止めをしっかりと塗って、ごろんと横になれば、ただひたすら本でも雑誌でもを読むのが好きである。

 

 

今年はちょっと前に、ビアリッツにも行ったし、その数週間後には、予想もしてなかったけど、急に決めて、ここブルターニュに。もう二回も海を見た。なんて幸運な夏だろう。幸先がいい。ちなみにここディナールのビーチの方が、土地柄なのか家族連れが多く、ビアリッツの海の方が若い!という印象である。潮が引いた砂浜を歩くだけで、無数の糸のようにぐるぐるとなった結び目の、それは砂で出来ている、、を見つける。綺麗と思った貝殻を、ぱっと拾ったり、干涸びて、もう原型さえも留めていない、何か海藻なようなものを見たり、必死になって砂で出来た丘を這い上がろうとする、砂と同じ色をした、初めて見る小さな虫、、、。いろいろなおかしく、面白いものを見る。顔を出した砂浜の部分だけでもこんなにおかしなことがあるのだから、目に見えない、海の奥深くは一体どうなっていることだろうと想像を掻き立てられる。


 

ディナールにはいくつかビーチがあって、彼は通称三番目のビーチがいいと言うけれど、私はその手前にある、小さめの、ひっそりとしたビーチが好きだった。古本でもらった、デュラスの対談集と迷ったけど、もう何度も読んでいる、村上春樹の「辺境・秘境」という旅の記録本を読む。文庫本で、これまでも飛行機の中や、旅先、移動の際に読んできた。ブルターニュのビーチに、香川のうどんやメキシコ横断の話はまだしも、ノモンハンが合うかどうか不安だったのだが、読み始めると不思議と引き込まれて、何も違和感は感じなかった。むしろ、ノモンハンの章が一番面白いとさえ思えた、ブルターニュのビーチでは。Mix and match. 意外と思われる組み合わせ。

 

 

南仏でも同じような現象が起こっているだろうけど、ご存知フランスのいわゆる海辺の町、もしくは別荘に最適と言われるような恵まれた地では、イギリス人がよく家を買っていて、それはディナールでも例外ではなく、町の中心地にある商店街は心なしかイギリス風だし、イギリスのナンバープレートもよく見かけるし、海をぐるっと囲んで遊歩道になっているその上にある高台の丘には、まるで冗談ではないかと思うような豪邸、ヴィラがあるのだった。以下、参考にされたい写真である。


まじで、これはお城なんではないか、個人の持ち物なのか、この人たちは、一体どういう風にしてこういう家をお持ちなのか、、、いろいろ考えずにはいられない、それはそれはゴージャスな町並みが続く。彼によると、こういうのは昔からの相続で、どうしてここの人たちがこのようにして財産を築いたかというと、それは大航海時代の云々、、、という話であった。その当時には、こういう家だってそんなには高くなかったかもよということであるが、そうなると、もう何世紀にも渡って、しっかりとそびえ立っている頑丈な、石組みの家である。あっぱれ。今だったらもうべらぼうに高いんじゃないの、維持費だって、、と、思わず人のことなのに勝手に心配してしまう有様である。(今、不動産情報に敏感な時期だからさ、えへ!)

 

 

実はこの写真は、後で出てくるサン・リュネールの海岸で撮った写真だけれど、、、

 

 

そしてディナールのいいところは数あれど、特筆すべきは波が打つすぐその上に遊歩道が作ってあり、歩いたり、なんとランニングしたり出来ることである。さすがに満潮になると危険とのことであるが、そうでなくても私はちょっと、ランニングする勇気はない。。私だったら、つるっと滑って落ちるのが目に見えているし。

 

 

今日は車に乗って、このもう少し先にある、サン・リュネールという町に行ってきた。これまたディナールに負けるとも劣るとも言えない素晴らしい景観の住宅街の中を抜けて、崖っぷちに着くと、そこには十字架が立っていた。そのすぐ手前にあるレストランで、クレープを食べて、夕食にする。ディナールに来る度に必ずクレープを食べることにしているが、パリでいうモンパルナスの駅界隈にあるクレープ屋とは違って、本場のクレープは何が違うかって、その気前の良さである。ふんだんに具が入り、そして安い。以前シャルトルに行った際もブルターニュの手前だからという理由でクレープを食べたが、そこでもその気前の良さにびっくりした。モンパルナスの3倍以上のボリュームだろうか。今晩私が頼んだクレープは、ホタテと刻んだネギがふんだんに入って、フレッシュクリームと、レモンを絞って食べる。薄めでぱりっと焼いてある生地だったため、いつもは出来ないけど、デザートのクレープまで頼んでしまった。(しかも、チョコレートとバナナ入り、、、)

 

 

夏という季節のおかげで、この頃は夜10時頃まで明るい。9時過ぎにレストランを出て、すっかり人気がなくなったサン・リュネールのビーチを歩く。犬を走らせている人もいる。なぜなのか、砂浜に大きな円を描いている人も見かけた。ナスカの地上絵のブルターニュ版である。まぁ、あそこまで凝ったものでは到底なかったが、それにしてもなぜ、大きな円を、、、

 

 

どうするとも言えないけど、気が向いたままに貝殻を拾い、ただ空気を楽しんでいると、彼は突然、「俺、走ってくる!」と言って、私に荷物を預けると海辺まで、もしくは数百メートル先の、ブイが置き去りになっている箇所まで、一目散に走って、消えて行ってしまった。男の人を突き動かすものって、一体、、、。砂浜に描かれた巨大な円に次ぐ謎である。

 

 

明日はいよいよQuatorze Juillet, Bastille Day, 革命記念日だけれど(いろいろな言い方があるなぁ)、この静かなディナールではどういう盛り上がるを見せるんだろう。明日は一応、快晴、26℃という予報なので、しっかり水着を着て行って、またビーチでごろんとなり、サン・リュネールのまだ先にある海浜公園みたいなところに行く予定である。名前は忘れてしまった。けれど、そんなことは重要じゃない。(おっ、村上春樹風)


その様子も、追ってまた!お伝えしまする。皆様もよい夏を!

 

 

 

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We read fashion magazines together
 

仲良し、大好きな姪っ子



#なんで姪っ子ってこんなにかわいいの

#自分の子が同じくらい可愛がれるか、今から心配w



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