Previously, mari's paris life


"La France traverse une phase de vulgarite. Paris, centre et rayonnement de betise universelle" - C. Baudelaire :p
100万人以上が歩いた日
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What a day, what a special Sunday. 
I have never ever felt that French myself before.



#JeSuisCharlie

#ParisToday

#Bastille

#Manifestation





その日曜日は、これまでのどの日曜日とも異なっていた。どうしてもキャンセルしたくない先約があったため、午後3時、共和国広場から始まる行進には参加出来なかったけど、終息した午後5時頃、サン・ポールの教会の前で彼と待ち合わせ、バスチーユへと行った。彼は、一人で参加した。彼は前に、「今回の事件が、自分の何かを変えた。自分の国に対する価値観が変わった」と言っていた。



どの道を歩いても、バスチーユ方面から歩いてくる人だかりを目にする。避けることは出来ない。こんなにも多くの人が、今日は一丸となって行進したのだと思い知らされる。普段は車が通って、歩行者天国になることがないリヴォリ通りを、流れに逆らうようにバスチーユへ向かう。胸には、堂々と"Je suis Charlie"とプリントされた紙を貼った人たち、プラカードを掲げた人たち。若者、同世代、年配の方、身分・宗教に関係なく、皆誇りに満ちた顔をして、家路に着いていた。私は必然的に、流れとは逆の方へ。そんな人々とすれ違ったからだろうか、デモの熱気を胸いっぱい、正面から受けるような気がする。一心にその気持ちを受け取り、一人逆方向へ、中央分離帯の上を歩くと、その時私は、まことにフランス人だった。フランス人の気持ちになりきっていた。





デモの区間は共和国広場からナシオンまで、と企画されていたけれど、若者はバスチーユと決まっている。革命が起きたこの場所で、若者は塔によじ登り、声高く叫ぶと、連呼する声が。「シャルリーコール」が止まない。これだけの若者が今回の事件、ひいては政治に興味を持ち、犠牲者に対し、暴力に対し叫ぶ姿を見ると、いつも安心する。これだけの若者が国に関心を持つ限り、この国は安泰だ、まだまだ未来を信じることが出来ると思えるからだ。



「自由(リベルテ)」と書かれた横断幕は、よく見ると一本一本のペンで出来ている。言論の自由、表現の自由を。もちろん、辛辣にもなる風刺画が招いた事実、結果は忘れてはならない。けれど何より、野蛮な行為を以て反論に出た悪を、自分たちが革命以来、いつも自分たちの手で築き上げてきた自由を危険に陥れる者を、フランスは許さない。自分たちの自由を脅かされて、フランス人は怒っている。と同時に、自分たちはテロに屈しない、フランスでテロを起こすのは止めてくれ、ここフランスでは何でも言う権利があるのだ、自分たちに迷惑かけるなと叫ぶ声が聞こえる。



涙が溢れてきて、止まらない。広場にいるだけなのに、あまりにも胸を打たれた。恐れず、悪に対して叫ぶ姿は美しく、そこには何にだって勝つ力があるように思えた。(行進に参加していたら、きっと号泣していたことだろう。。)遠くの方から、警備に当たっていた警察の車が何台もやって来る。みんな、拍手して迎える。車の中にいる警官たちも、喜んだ顔で通り過ぎて行く。嫌味のない、誇らしげな表情だ。町衆は、「お見事、ブラボー!」と皆口々に叫んでいる。


広場には、(写真でも見えるけど)ターバンを巻いたおそらくヒンズー教徒の集まりが。写真を撮る人もいた。これぞ、まさに今回のマーチにおけるスタンスで、「フランスは人種・国籍・肌の色・宗教に関係なく、野蛮な行為を許さない」と伝わってくる。(そして私の超個人的な定義では、「フランスで教育を受けた者・フランス語を話す者は、皆フランス人」だ。)




フランスで素晴らしいと思う点は、この様にいざとなると結束し、連帯感があることだ。とある知人が、「フランスではホームレスに施しを与える人が多くいて、びっくりした」と言っていた。彼女はポーランド人だけれども、イギリスに暮らしている。(何もイギリス批判をしたいわけじゃない)フランスでは、おそらくカトリックの精神から来る、助け合い・連帯の精神がある。どんなに普段、他人に対して無関心に見えるフランス人でも、心の根っこには皆あたたかいものを持ち、いざとなれば一致団結し、助け合うことが出来る。それを当然のことと、隠さずさらりとやってのける様に、私はいつも胸が熱くなる。




今回のマーチは、「フランスはテロに屈しない。フランスの自由を脅かすことを許さない」というメッセージを含み、反対因子を追い出すに相当する程、活気溢れるものだった。少なくとも、私はそう信じたい。いくら時間が掛かろうとも、平和で穏やかなフランスを、いつもの日々を取り戻したい。



当たり前の日常がある暖かさを、日々の有り難味を。第二次、第三次テロが起きないことを。非力だけど、祈って止まない。






フランスで働くの巻 comments(0)
シャルリー・エブドに捧ぐ
大変なことが起きてしまった…。緊張がみなぎる中、今朝はまた、パリ郊外の南に当たる地区で、警察官に対する発砲事件が。昨日の事件との関係性は、今のところまだ不明だけれども、昨日の事件以来、アラブ系の商店が攻撃されたり、暴力の連鎖が止まない。暴力の連鎖が一番怖い。


フランスは、昨日から酷い、暗い気分で、喪に服している。オランド大統領が募って、正午には一分間の黙祷が各地で行われ、ノートルダム大聖堂の鐘は、弔いの鐘を鳴らした。ジャーナリスト達はペンを持って共和国広場に集まり、ジャーナリストではない人々も、同様に集まった。今日の夜もデモは続き、土曜に予定されていたデモは日曜日に持ち越されたが、今回の惨劇を受けて、フランス全土が報道の自由と博愛の名のもとに、一丸となって集まり、祈りを捧げる姿はとても美しく、心からの敬意を払う。


特に日本のメディアで、「ひどい風刺画を描いたという事実を忘れてはならない」等の意見も目にした。それは最もな意見だが、ここフランスでは、『あんな風刺画、描かなけりゃよかったのに』、『描いた人たちに責任がある』という声は、一切聞かれない。ここは、カトリックの国、フランスで、自由と平等、博愛のもとに、フランス人は自国に誇りを持ち、愛を持ち、暮らしている。フランスはイスラムの国ではない。フランスでは、すべて、何にでも自由に言う権利がある。対象が、例え宗教であろうとも、それは決してタブーではない。すべては自由、言論の自由という基本構想のもとに、許される、何ら問題のない行為なのだ。それが、世界的によく知られ、悪く言えば「自分勝手」と理解される、フランス人の性格、国民性を表している。(同居人とも話したが、例えば犯される子どもなど、非道徳的で、イモラルな内容は別だろうし、規制されるべきだろう。)


私も始めは、挑発的な風刺画のはらむ危険性の方に危惧した。けれど、それは間違いで、繰り返すが、ここはフランスなのだ。何度攻撃の恐怖に晒されても、表現することを諦めてはならないし、シャルリー・エブドの風刺画家たちも、同様に、描くことを、新聞を発行することを止めなかった。テロの脅威に屈しない精神こそが、彼らが風刺画家たる所以であるし、彼らには、自由に、何にでも - 標的は何もイスラム原理主義だけでなく、カトリック教会であったり、右派であったり、何にだってなった  - からかい、嘲笑する権利があった。皮肉に笑い出し、真実を突き刺すと、絵で伝える。それこそが風刺画本来の、シンプルで、誰にでも伝わる役割だ。


また、このような「皮肉ったユーモア」は、フランス人が最も得意とするところであり、ウィットでもある。犯人たちは、これを正面から受け止め、行動に移してしまったのだろう。冗談の通じない、生真面目な人のことを、Premier degré、文字通り(第一段階で)受け取る人と言い、裏の意味(ジョーク)をきちんと理解し、一緒に笑える高尚な人のことを、Deuxième degré(二段階目)という表現があるが、今回の事件は、まさにこの「ずれ」から来ているだろう。



今回の事件で、ジャーナリズムひいては民主主義は今、危険に脅かされる形になったが、何があっても屈してはならない。その精神こそが、ジャーナリズムに任された権利であり、また、挑戦でもある。どんな記事でも、言葉にされ、記事にされる限り、どこかで誰かを必ず傷つけることになるだろう。その責任は忘れてはならない。けれど、どんな状況であっても、それが人を殺してもいい理由になることはあり得ない。何の理由だって、人を殺してもいい理由にはならない。



一部の過激派のおかげで、一般のイスラム教徒も、迷惑を被る。イスラムは本来、「平和への道」という意味だというのに、コーランのどこにも、人を殺してもよいなどという記載はないのに、行き過ぎた誤解のみが、次々に暴力を生み出し、こうして悲惨な事件が生まれた。フランスに数多く暮らす、イスラム系家庭の二世の子どもたち、若者も、この野蛮で、暴力的な事件に、「自分がイスラム教徒でも、(犯人に対し)何のつながりも感じない、ああいった行為はイスラム教の定義するところではない」と話す姿を見て、胸を熱くし、共感するとともに、起こってしまった惨劇に、本当に悲しく、残念に思う。



昨夜はあちこちのチャンネルで、被害に遭ったジャーナリスト四人の特集が組まれ、釘付けになって見た。四人とも、慈愛溢れる優しい目をしている。彼らが亡くなってしまったことが、残念でならない。


ヨーロッパで一番多いとされるイスラム教徒の住むフランス、また、フランスからイスラム国へ参加するべき、旅立った人の数も一番多いとされる。その事実だけでも、政府を悩ます問題であったというのに、昨日の事件では、それが実行に移されてしまった…。



シャルリー・エブドには、まずは来週の水曜を始めとして、これからも発行し続けて欲しい。その姿勢こそが、彼らの存在理由であり、政治的スタンスであり、今回の事件への答えにもなり、何より今後への挑戦になる。被害に遭った12人の方、またその家族、友人に対し、心からお悔やみを申し上げます。



フランスで働くの巻 comments(4)
It is nothing, but it is everything






























有言実行、願い叶って、無事予定通り、クリスマスの後、二泊三日でブルターニュへ行ってきました。初めてのブルターニュ。あんなにびゅんびゅんと吹く風の中を歩いたのは、久しぶりだった。それに、よく言う通り、典型的に「よく雨が降っては止んで、また降る」というブルターニュ的天気を体験したのも初めて!一時はみぞれが降りましたが、幸い車の中で、よかったー!二日目の午後に向かったのは、お向かいのサン・マロ。上の写真はいろいろと混じっています。


モンサンミッシェルは、遠くから見ると、なんて美しい。どうしてあんな岩山が、あの地形にたった一人、存在したのか。昔の人がそこに、信仰心を見たのが分かる。何かを、信じたくなったのも。澄んだ空にぽっかりと浮かぶ聖なる島は、フランスが誇る世界遺産だというのも、納得がいった。




打ち寄せる波に、夜はどこまでも砂浜の上を歩いていけそうな、深い海、容赦なく頬を切る、塩分を含んだ風… 久しぶりにこんな自然を肌に感じたけれど、防波堤だって人間の都合のいいように、調整してある。自然とは言っても、まだ「優しい」自然。人間が住みやすいよう、あくまで人間の勝手にデザインしてある自然に過ぎない。それでも、普段パリに住んでいてはなかなか触れることのないものを間近にしたので、ものすごーーーく寒かったけれど、いい体験でした。



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ブルターニュでは、ブルターニュ出身という、すごく年の離れた友達のことを考えた。彼はガンだと言う。



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ブルターニュには初めて行ったけれど、行き交う人が誰もとてもシックで、それは皆が、第二の家を持っていたり、カジノがあったり、余裕のある人たちが多く行き来するせいもあるかもしれないけど、本場のマリンルックを目の当たりにしたり、はっとするような青い目の女性や、潮風に照らされた金髪の男性の前髪… そういったディーテールに終始目を奪われました。



辿り着くまで、3時間強かかっただろうか。それまでの、何もないような、どこまでも続く、フランスの田園風景というか、酪農風景、原風景を目にするのが好きだ。雲はだんだんと奥行きを増して、立体感が。空はどこまでも広く、乳牛や放牧されている馬の傍には地平線が見えるよう。途切れ途切れに民家があり、ちょっとした村があると、大体の構図は決まっている。まず中心地に教会があり、その塔はどの建物よりも抜きに出ていて、ゴシック建築の、尖った屋根が目に入る。遠くからでも。教会を巡ってぐるっと、郵便局、パン屋さんなどの商店があり、かたつむり状に町を成している。そんな風景は、中世から変わっていないのではないかと思わされる。そうして変わらず、機能し続ける町の姿。人間にとってほんとうに必要なものとは、何だろう?





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クリスマスのプレゼントに、彼のお姉さんからもらった本の一冊、イヴ・サン・ローランの伝記のような、小さな本にあった言葉。"It is nothing, but it is everything." 


後半部分はサン・ローラン自身によるデッサンや、格言が詰まっていて、まるで宝箱のような本。好きなデザイナーなので、嬉しいプレゼントだった。デザインや何よりも、彼の哲学が好き。


何でもないけれど、すべてが詰まっているような。私もそんなものを書きたい。何でもないようで、読み終えると深い言葉の海に、数日間浸かるような。それは、私が道中見た、フランスの原風景にも似ている。何があるというわけではないけれど、そこにはまるで、すべてが詰まっているような。


夕暮れをまもなくにして、昼と夜の境界線が、赤みを帯びてピンクになる。不揃いに時々木々が立ち、家屋が見える。あちらこちらに見える雑木林には、複数の宿り木が。何も特別なものはない、これらの風景は、数百年前からきっと変わっていないと思わされるような… 圧倒的な強さ、美がそこにはある。その瞬間は何でもなくても、一度目にしたら、心地よい衝撃が身を付いて離れられないような… そんなものを、私は書きたい。







新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。





mari









フランスで働くの巻 comments(0)
December at the fullest

Happy holidays soon! :)





ギャー!またもちょっと間が空いちゃった!ごめんなさい!(得意の平謝り!)



もうすぐ、クリスマスですね!街の中も、あちこちのお店の紙袋を持った、家路に着く人で溢れてる。
みんなプレゼントかな、って思うと、あたたかい気持ちに。


パリは今年も暖冬で、ほっとしています。
こんなにのんびり、純粋に12月という時だけを楽しめるのは初めてのことなので、天気が良ければ、プレゼント探しを兼ねて、あちこちいろいろ歩きました。


私が好きなデパートはこの写真の通り、ボン・マルシェ!なぜなら大体いつも空いているからw
プランタンは見やすいのでたまに行く。
ギャラリー・ラファイエットは、なんか苦手… クーポール(ドームになっている天井部分)の美しさは認めるが...








素敵で、思わず足を止めてしまったウィンドー。

一番右に見える、こういうもこもこふわふわの、ロシア帽?が今すごく流行っているんだけど、あったかそうだし、面白いから(相変わらず求める服の基準が「面白いこと」、である)、探してるんだけど、なかなか似合うのに出会えず…

それに私が被ると、顔が平たいせいか、本格的に「私は中央アジアの遊牧民です」って感じになってしまうので、要注意が必要である。
彫りの深い、こっちの子が被ると可愛いのよね〜。はー なかなかだわ。






今年パックスしたおかげで、いろいろとお祝いを頂き、今後の旅行に貯めてもよかったけど、せっかくなので、ずっと食べたいと思っていた、鉄板焼きを食べに、かの「弁慶」へ行ってきました!先週金曜日のこと。

美味しかったー!しかし、高過ぎて、もう二度と食べに行けることはないであろう(笑)。


これはデザートのお皿にしてあった、抹茶のパウダーとお砂糖の、デコレーション。憎い心遣いに思わずニヤリ、撮ってしまいました。





今年のクリスマスは、24日の夜は妹の家でパーティー。25日のお昼に例年通り、彼の実家へ行って、お祝いする予定です。26日からは、初めてのブルターニュへ、2泊3日で行く予定。初めてモンサンミッシェルへも行けそう!もう4年も住んでるのに!!XD




クリスマスまで、いよいよあと3日!プレゼントを交換して、食事するのがこんなに楽しみなんて、そわそわして、まったく子どものような心持ちでいるよ(笑)。
皆さんも、よいクリスマスをー☆



また書きます!




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迫り来る金太郎の恐怖
また突拍子もないタイトルを付けて、一体??と思われるかもしれないけれど、これには訳がある。気が付くとフランスに移り住んで4年。今年はいろいろあったけど、パックスもして、まだまだフランス生活は続きそうな感じだ。そして12月になった。2014年という、始めはよく思えた、けれど途中から急転直下、滅茶苦茶な、とんでもない年となってしまった、が、その2014年があと一ヶ月で終わる、去っていく。早く除去したい気持ちもあり、こんな風に街の綺麗さや、純粋にノエル(クリスマス)だけを楽しめるのは、やって来て以来初めてのことなので、ゆっくり楽しみたい気もある。仕事をしていないクリスマスというのはどこか変な具合がして、虚しい気にもなり、落ち込んだりもした。いつも、クリスマスは普段の3倍忙しくなっていたから。けれど、今はただこの美しい季節を謳歌したい。今年だけ、特別に。自分を甘やかしてもいいよね?



普段、いわゆる超西洋的エレメントの数々に自然に触れ、目にしていると、意識していなくとも、自然と「和」のものが恋しくなってきたことに気付く。私が引っ越してきて以来、仕事に慣れた二年目、子どもの頃にしていた習字をふと思い出し、おかしなことにここパリで再び始めたのも、日本的エレメントに飢えていたからで、この思いは同じところに繋がっていると思う。


もっと若い頃は、長年海外暮らしをしている人の家が、まるで日本食レストランのように日本的工芸品とでも言えばいいのだろうか、たくさんの日本チックな雑貨で飾り付けられ、溢れているのがイヤでたまらなかった。ああいうインテリアだけはするものか、と、西洋崇拝じゃないけど、自分の趣味は違っていると思っていたし、あえて日本的なものを置かずとも、私は日本と繋がっていると思っていた。それは日々、精神の中にあったし、私の振る舞いは当たり前だけど日本的なのであって、私の中から日本人的アイデンティティが消え去ることはないと思っていた。



けれど、この三年間に渡る、超フランス的環境、フランス語で言うところの、Franco françaisな仕事環境、ひいては日常の中で、たぶん、目に見て分かる日本文化に触れたい、恋しいと思うようになったのだと思う。いつからだとは分からない。けれど、私が生まれて育ったのは日本なのであって、心の隅で、いつも日本のことを思っている。育った街の、夕暮れの団地や、自転車で下った坂、そんなセンチメンタルで、ノスタルジックな情景ばかり思い浮かぶ。ちょっと涙したくもなる。そして辺りを見回すと、聞こえるのは近くにある教会の鐘の音であったり、石畳の道、すれ違うのは私とはまったく違った容姿の人々ばかりで… 急に辛くなったのだ。異国でたった一人、誰に褒められることもなく戦ってきた事実に。そしてそんな異国の環境で、一人身を置いていた事実に。



まぁ大げさに言うと、こういうような心的変化はあった。今でもふとメトロに乗っていて、周りを見渡すと、あれ、と唖然とすることがある。すっかり見慣れたはずの光景でも、ふと気付くと自分だけが異人だったことを目の当たりにさせられるというか。



するとどうだろう。週二回の習字のお稽古が楽しくてしょうがない。先生が淹れてくれるお茶は、小花柄が付いたまさに日本で見るような湯のみで、少し苦い煎茶。下敷きは少し黒を含んだ赤で、日本から送られてくる教科書はもちろん日本語、半紙の包装紙にも日本語で表記してある。急にパリから、日本へトリップしたような感覚。すると、もう止まらなかった。もともと習字が好きだったこともあり、そして最近ではさらに時間が出来たこともあり、ほぼ毎日お稽古している。毎日書かずにはいられない。ランニングや貯金と同じで、継続は裏切らない。お稽古すればするだけ、確実に腕が付く。前では必死になって、苦しんだ書いた毎月の課題が、最近では不思議なことに、前程苦労しなくなってきた。これも、必死にお稽古した結果だろう。苦しみはいつか必ず実となり、自分に返ってくる。そんなことを思った。



妹は、私よりも若いくせに、私よりも少し長くフランスに住んでいるせいか、私よりも少し早く、このタイミングが来たのだろうか、家の中のインテリアは至ってフランス風だけど、ある時なんて、日曜日のマルシェでこけしの人形を、2ユーロで買ったと喜んで見せてくれたことがあり、それは本気のこけし、工芸品で売っているような寡黙な表情をしているのでなく、フランス式にポップにデフォルメしてあるような、赤い着物を着た、可愛らしく微笑んだ人形なのだけれど、こういう日本を思い起こすオブジェについ目が留まり、手に取っては、購入したくなる気持ちがよく分かるのだ。


そして思い出すのは、まさに日本的オブジェで埋め尽くされていた、アメリカに住む伯母の家のリビング…。絶対あんな風にだけはなるものか、訳もなく、頑にそう思っていたはずなのに、気が付くと私のアパートのリビングには、自分で書いた書が二つ、額縁に収まっているし、まだまだ大判も、テレビの上の壁に貼りたい、と思っているところ。留まることがない。それに、私が今書を通して目指しているのは、こちらの人のインテリアにすっと溶け込む、アートとしての書だ。それは抽象画のようかもしれないし、ただの文字になるかもしれない。けれど、黒と白、たったこの二色で紙の上だけで表現出来ることはいっぱいあって、可能性は果てしない。その過程に、魅せられている。


私の腕では、まだまだ自分が思い描くものがそう簡単に書けるわけではないし、練習と作品作りはまったく違うことなので、まだまだお稽古が必要だ。けれど、こういうものが作れるようになりたい、先生のテクニックを、出来るだけ早く盗んで…と、確固とした考えはある。あとはそれを、再現出来るだけの腕を身に付けなければ…
そんなことも、私がせっせとアトリエに通い続けている理由の一つだ。そして、小さい頃から書道が好きで、習わせてくれ、こうして大人になった今も、理解を示してくれる両親、家族に恵まれていることを、本当に有り難く思う。




身の回りのものを、もう少し日本的エレメントで埋めたい。今の勢いでは、リビングに金太郎の刺繍が入った色紙のようなもの、を額縁に入れて飾る日もそう遠くない。と思っている。だから、「迫り来る金太郎の恐怖」w



こんな風に生まれ育った国が恋しくなるなんて、私もよっぽど年を取ってもう若くないのか、4年という月日が過ぎて、そしてこれからもこの数字が増え続けることの証か、そのどちらか、もしくは両方だと思って開き直って生きている。若い頃には分からなかった良さが分かるようになったのだろうか。もちろん、年月や年齢に関係なく、日本文化は素晴らしい。超フランス的環境で働いていた反動で、次は、日本らしい環境で、と思うのかもしれない。何はともあれ、(外交面とフクシマに対する政策を除いては)私はフランスに来てからより一層、日本への愛を感じているし、帰る度に素晴らしい国だなと思わずにはいられない。自分の中の日本人度がより一層ぴかぴかと磨かれる感じというか、とにかく見るものすべてに刺激を受けて、ひれ伏さずにはいられない。大げさに言うとそんな感じだ。


私が持っている感性全て、それは日本人であることに多くが起因しているし、こうして異国で一人戦う日々が続こうとも、日本人でよかったと思う。だから先日のように、一緒くたにし、心ないジョークを言われると、面食らってしまって、文字通り困惑してしまうのだ。




フランスから見つめる日本、思いを焦がす。自分の国なのに不思議ね。けれどこれもすべて縁で、人生の色を鮮やかにし、ちょうど良い距離なのかもしれない。普段、日本で暮らしていないってことの現れだ。思い出や憧れだけでは、つい美化しがちになる。フランスにいつつ、私が一日本人として出来ることは何だろう。まだ考え始めたばっかりで、答えはあやふやな雲の中に見え隠れしているけど、最近よく考えている。


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