Previously, mari's paris life


"La France traverse une phase de vulgarite. Paris, centre et rayonnement de betise universelle" - C. Baudelaire :p
STOP THE VIOLENCE



This is a photo from the time when things were still calm last Friday in #Paris…. I have been really shocked, sad, mad, and speechless, all the mixed feelings in the same time. But we have to remember that the liberty will always win. France is a beautiful and strong country. 



この写真を撮った、金曜の午後は、あんな惨事が起こるなんて思ってもいなかった。いつも通る道、通勤ルート。秋めいて、色合いが綺麗なので、Color of Parisとタイトルを付けて、久しぶりに何か書こうと思っていたら、テロが起こった………



人を洗脳し、無垢な人々を死に追いやるのは宗教ではない。犯罪だ。1月のシャルリー・エブドの事件をようやく忘れ、人々がそろそろノエルのことで頭がいっぱいになる頃、事件は起こった。家にいても、尋常じゃない頻度でサイレンが聞こえる。前もこうだったっけ?一体何が起きているのだろうか。ソーシャルメディアには、コンサート会場やバーやレストランで無惨にも命を奪われた人々の写真が出回っている。彼らは友達の友達で、もう3人もそんな人の写真を見た。あまりの確率に動揺が隠せない…。同僚の友達は襲撃に遭ったカンボジアレストランにいて、足を撃たれ、依然病院にいるらしい。ブラジル人の知り合いも一人、最初に爆弾があったスタジアムの中にいて、パニックに巻き込まれ、帰宅するのは相当大変であったらしい。



亡くなった人々が、私と対して変わらないような年で、友達の友達だとか言って、どこかカフェのテラスで出会っていてもおかしくないような人々で、つまらない毎日でも、まだ生きたかっただろうと思うと、心が痛くてならない。理の通らない身勝手な暴力のために、命を奪われた人たち。フランスの自由を、民主主義を奪回されるために、意味もなく死ななければならなかった人たち。



1月の時も同じように思ったけれど、事件が起きた翌日、オランド大統領が宣言したように、三日間は喪に服すのだから、どこも人手が少ないのだと思っていたら、人々はまるで何事もなかったかのように日常を続け、カフェのテラスは埋まり、いつも通りおしゃべりに花を咲かせる人々の姿を見た。あれってフランス人独自の心理?いつも少し、理解に苦しむ。「いつも通り生きること、生活を続け、決してテロが怖いなんて思わない、怖いなんて見せちゃいけない、それこそが奴らが望むこと」、「自由のために死ぬのは惜しくないわ。」、また、「何百年も前からフランス人はいつだって自分たちの自由のために戦い、死んできたんだから。」という言葉を目にして、納得したが、日本人の私にはそれはいたって理想的で、立派で、美しい態度だとは思うけれど、やはり人間でいる限り、いつ襲ってくるか分からない脅威(テロ)は怖い存在だ。



「怖くないわ」と言っているフランス人でも、昨日レピュブリック広場や襲撃のあったカフェに追悼の意を表しに集まった人々の近くで、またも発砲のような音が聞こえ、一時パニックが起こったという際、手向けられた花やキャンドルの上を走って逃げる人々の映像を見ると、本当にああいう事態に陥った際、人間というのはいくら思想を持っていても、どう行動するか分からないな、と思った。自由への自負と、思想と、緊張との間で、今パリの人は生きることを余儀なくされている。




今日正午の一分間の黙祷には、ニュース番組を付けたまま、じっと目を閉じ、私も参加した。フランスはいつだって自由を愛し、美しく、強い国でいるだろう。一刻も早く、残りの実行犯が捕まること、ひいては二度とこんなテロが企てられないことを、平穏ないつもの日々が戻ってくることを、私は非力だけど、祈って止まない。




フランスで働くの巻 comments(0)
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