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一年ぶりの日本
2013.02.28 Thursday
二週間休暇をもらって、一年ぶりに日本に帰ってきました!ソウル経由で
写真は上から、社会人人生初めて(!)もらった、年末のボーナスで、両親に温泉一泊をプレゼント。窓からの景色が〜〜。私の弱い、里山の風景。泣いてしまう。
それから地元にある、習字道具屋さん。渋くていい感じでしょ。なんと父が知っていて、初めて行ってきた。いっぱいグッズがあって、燃えたね〜!相変わらず習字、続けている。大好き。墨と、墨挟みをもらって、満足、満足。
初日、韓国の空港で、待ち時間があると思えば、やっちまいました、やってしまいました......。サングラス。Tom Ford。ちょうど丸いのが欲しくて、かけたら顔の形にピッタリ!
初日は乗り換えだけだったので、ソウル市内まで出ず、空港周辺のホテルに。韓風と言うの?なんともレトロで、西洋風じゃないホテルだった!オンドルだったような気がする。あったかかった。
日本では、なんとインフルエンザになって、四日間動けず、残念ながら数日無駄にしたけれど(なんて可哀想な私...)、一人暮らししているフランスと違って、幸い実家だったので、ママンがかいがいしく看病してくれ、治った。。今思い返せば、二週間前の金曜日、私は午後3時半頃オフィスを出て、呼んであったタクシーに乗り込み、シャルルドゴール空港へと向かったのだけど、あの時、私にしては珍しく、偏頭痛があり、思えば微熱っぽかったので、予兆はあったのかもしれない。
韓国から地元の空港までの機内では、久しぶりにヨーロッパからの長距離フライトを終えて、疲れていたのか、ぐったり、機内食のサンドウィッチも食べず、休んでいると、隣の席に座っていた、韓国人のマダムに流暢な日本語で、
「すみません・・。あなたどこか、悪いの?」
と聞かれる程、私は弱っていたのだw (『えぇ頭が悪いんです』と答えたいw、冗談です...)
久しぶりに38℃、39℃と高熱が出ると、体の先、普段は冷たい脚の先までも熱くって、びっくりした。体全体が熱を出し、戦ってるって感じだった。今までの疲れも出たのだろう。12月から2月中旬までが、仕事的に一番辛い。クリスマスも年末もほとんど休みが取れず、今回のように2月の中旬までずっと働き詰めになるので。やっと、休み。ほんとうの、何もしない休み。
日本では予定通り、ほんとにほとんど何もしないで過ごした。そりゃあ毎日、頼まれたものやおみやげを買いにあちこち行くことはあったけれど、基本的にゆっくり過ごしたかったので、本を読んだり、両親が買った、iPadをいじったり。のーんびり。PCもろくに開かず、ましてや仕事のメールなんて結局開きもせず、ほんとの休みだ。嬉しい。。
日本はいいな。みんなが親切で、店員さんは優しいし、丁寧だ。(フランスにいると、『えっ今私何かした・・?!』とこっちがドキッとさせられることが多々ある)
逆カルチャーショックがあるかな、と思ったけれど、何のことなく、まぁ、東京に行かなかったので功を奏したのかもしれないけれど、地元の街並みは大して変わらず、丸一年日本を留守にしていたというのに、やはり育った街、国のことは忘れないのだな。何の習慣でも、体が自ずと知っている。戸惑うことなく、小銭だって選べるし、振る舞えるのだ。そんなことを思ったりした。
いつの間にか、なんとパリが帰る場所になっていることに気付く。滑稽だ・・。帰らなければならない場所に。現実が、仕事が待っている。今までは、それが日本だったのに。いつの間にすり変わったんだろう。不思議でならない。
仕事で初めてフランスに住んでみて、思った程フランス語が分からなかった、分からない、自分の限界を感じているし、東京で、たまにフランス語を使って説明するだとか、そういう状況でなら働けると思うけれど、常時フランス語の環境は、自分には無理だ、限界がある。そういうことも、この一年でよく分かった。私はほんとうに、フランス社会で働く、フランスの会社員と同じなので、よくいる、フランスにいて日系企業だとか、日本語を使って働く人とは違うので、私の苦しみや、悩みなんて、誰も理解してくれないだろう、という気持ちになることもある。正直、ここまで分からないと思ってなかったし、至極優秀な同僚に囲まれて、自分がここまで落ちこぼれだとは思わなかったし、いつまで耐えられるか分からない。正直、このまま日本にいれたらどれだけいいだろうと思うけれど、また言葉の分からない国に戻って、仕事するには不安があるけれど、今までやってきたことを思い返して、また少し、自分を奮い立てる。
久しぶりに、何の注意もしなくても、自然と言葉が分かる国、誰に聞き返されることもない、不快な顔をされることのない、母国語の国、日本に戻ってきて、リラックス出来たし、帰る場所があって、ほんとうに感謝している。このままここにいれたらどれだけ楽だろう、この経験を以て分かったのは、今の私に言えることは、大丈夫、言葉が分かれば何とでもなる、今後、何の仕事だって出来る。そういうもの。
楽しいことだけじゃない、辛いことも同じくらいあるフランス生活だけど、日本にいるより何て言うか、人生に彩りがあるのも確かなのだ。そう思えたことだけでも大きな収穫かもしれない。自分が十分過ぎるくらいの、とんでもないチャンス、幸運に恵まれて今があることは確かだし、しっかり働かないといけないな、その気持ちは常に両合わせにある。あと何年フランスで暮らすことになるか、さっぱり分からないけれど、与えられた期間は十分謳歌し、貢献していきたい。それが自分を鍛えることになる、勉強にもなるのだから。
mari
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