Previously, mari's paris life


"La France traverse une phase de vulgarite. Paris, centre et rayonnement de betise universelle" - C. Baudelaire :p
Dinner with Miss Dorothee Flores











昨日はリンゴと梨の木が生える、ご存知ドロテのお家に招かれて、お庭でごはんを食べてきました。夏のお庭、路地に入ると見える、秘密のお庭、、、。パリ20区にひっそりと存在する、知る人ぞ知る、ドロテらしい、素敵な空間。食べたのはアーティチョーク。なんでアーティチョークかというと、もう1年半以上前だと思うけど、「アーティチョークって食べたことない。」、という話になり、ドロテが、「じゃあ今度アーティチョークパーティーしよう!いつか食べさせてあげるね」と約束していたから(笑)。


スーパーで目にする度に、私にとってはフヌイユとアンディーヴぐらい謎の野菜、いや、アーティチョークがNo1だったのではないだろうか。。。ちなみに妹に教えてもらったレシピだけど、アンディーヴはサラダにしてそのまま食べても美味しいけど、フライパンでバターと醤油で味付けして、ソテーして食べると日本人的にはもうー!ちょっと苦みがあって、悶絶する旨さですので、お試しを。


とにかく、アーティチョークである。ようやく食すことになった。あの花なのか恐竜の卵なのか怪しい外見の、一体どうやって調理すればいいのかてんで分からない、あれである。というかよく考えてみると、今までピザやなんかで酢漬けになった、缶詰のアーティチョークは食べたことがあった。けれど、あの花みたいな状態で食べるのは初めてである。緊張。


夏だから、やっぱりお供はロゼで!最近、フルーツのシロップやフレーバーを足した白ワインやロゼワインが人気で、いろんな組み合わせの味のものが出ているけど、私はこの、ピンクグレープフルーツのシロップが入ったのが好きで、よく買う。ちょっと甘いから、よーく冷やして。



そして肝心のアーティチョークの写真は撮り忘れてしまったのだけど、うーん、、、。ドロテは前もって、「マズかったら言ってね!遠慮しないで言ってよ!日本人ぶって嘘言っちゃダメよ!食べられなかったら正直に言うのよ!」と言ってくれていたけど、正直、味の方はドロテお手製のソースが美味しいから食べられたというか、初めて食べたけど、別にもう特に二度と食べたいとは思わない、そんな感じだったw 葉?の部分に関しては、食べると繊維が豊富なのはよく分かって、野菜なんだけど、どこか白身の魚のような食感があるような気がしたんだけど、、、汗 これを言うと、フランス人全員、目を丸くしていた。すみませんねぇ、お寿司の国から来てる者ですから。。


それからアーティチョークの芯の部分。に、辿り着くまでの毛ー!!毛ー!!野菜とは思えない、毛がびっしり生えた部分!に、ちょっと鳥肌立ちました。。あれはちょっとした光景だった。。。



仕事で忙しいのに、30分でこんなに綺麗に準備して、もてなしてくれたドロテに感謝!







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8月は空っぽの月に

土曜日、またも数件内見に郊外まで出かけた行った帰り。さしかかったとある公園の前で、こんな通りの看板が、、、そのまま英語に訳せば、"Passage of why not"だけど、誰が、一体なぜ、こんな名前を、、、

あーフランスってほんと、時々ほーんと笑わせてくれる!X'D




***




アパート探しもいよいよ佳境に差し掛かってきております。と、願いたい。今週中にはっきり分かるはず。ドキドキしながら連絡を待っているよ。仮に口頭でオーケーと言われても、紙に書かれていない限り、決して信用してはいけない!書いてあることが大事、これほんと、働いている時にイヤという程学んだ、教訓であります。口から出た言葉ははらはらと舞い、決して重みと、意味を持たないのだ、残念ながら。



実は他に一件程、まぁ「保険」として今一週間程押さえている物件がある。本命の、第一希望のアパートが万が一頓挫して、決まらなかった場合の、保険…。そっちの方が、バスルームに行くアクセスが片方の寝室からしか入れないという、ちょっとした問題はあるものの、閑静な住宅地にあり、駅からも割と近く、エレベーターはないけど二階だし(日本でいう三階)、裏に静かな庭もあるし、木の床だし、かなり広いカーヴ(地下にある押し入れのようなもの)はあったし、機能的にリフォームしてあるしで、圧倒的に便利で、住みやすい建物なのは分かっているのだけれど、私も彼も、不動産探しとなると、どこか"Wow…"と、住む人、訪れる人が感動するのが大事!というコンセプトがあって(笑)、本命のアパートの方がその基準をクリアしているのだった。たとえ、そもそも希望していた「ちゃんとした寝室が二つあること!!」という条件が、「あれ、子どもが大きくなったら我々大人は二間あるリビングの片方に出ないといけませんけど、、、毎朝ソファベッド直さないといけませんけど、、、(めんどくさい)」にすり変わっていても、、、、、、"Wow"が大事な私たちである。馬鹿かもしれない、うう、、、、。







前にもどこかで書いたかもしれないけど、フランスに来て、日本にいた時とは比べ物にならない頻度でお寿司を食べている(笑)。一度なんか、朝から同僚に、「ねぇねぇこっちのお寿司と本場のお寿司はどう違うの?!」と、それはそれは興味津々の顔で聞かれたっけな… 朝からですよ!!朝っぱらから寿司について思うフランス人… 熱い眼差しが嬉しかったな。


それでこの写真は一体何なのかというと、先にインスタグラムにアップしていたのだが、フランス全土にSushiShopという、配達もしくはテイクアウトオンリーで営業しているお寿司屋さんがあって、巷に溢れるニセ・ジャポネ、主に日本人ではない人々が、儲かるからといって営業しているお寿司屋さんより断然美味しいしで、その分ちょおっと高いけれど、私たちもよく頼む。特に、金曜の夜!これはもう定番。


彼も私と付き合い出してからなのか、俄然お寿司が好きになり、アレルギーがあるから魚以外の貝など、いわゆるシーフードは食べられないのだけど、SushiShopを頼むこと、大体10日に一回、という頻度なのである…。もはやこれは、立派な寿司中毒?!ピーターもお寿司大好きで、「ほんとに私、中毒かもしれないわ」と言っておった。(余談だけどピーターは、去年オランダを去り、なんと正式な移民手続きを踏み、彼と一緒にオーストラリアに引っ越した!)


それでこないだ、久しぶりにデリバリーで頼んだところ、私の大好きなカリフォルニアロールに肝心のアボカドがないー!!!もうこれって一大スキャンダルで(大げさ)、思わず写真に撮って、クレームのメールを送ったさ!しかも、他の巻きにかろうじて入っていたアボカドは全然熟れていなくって、とても食べられたもんじゃないという、酷いレベル。。メールを送って、もうすぐ一週間が経つけれど、依然、華麗に返事はないけどね、、、いいのさ。何事でも意見するのが大事である。



という風に、いかに立派なチェーン店でも、時々こんなことがあるっていう、なんともおフランスな具合であります。ちなみに全然熟れていないアボカドが入っていたのは、これで二度目だったので、さすがにメール書いた。また別の時なんかは、注文して2時間経ってやっとデリバリーが来て、この時、すでに夜の11時過ぎ、、、。あのー、9時過ぎに頼んだんですけど、それも、40ユーロ程。
ということでこの時はコーチが騒然と冷静なる怒りのクレームを眈々としたため(今思い返してもあれは本当に名文であった)、その甲斐あって、数日後「お詫びに」と、15ユーロ分無料のクーポンが来たのであったー。さーて、今回はどうなるか。でもさぁ、カリフォルニアロールにアボカドが抜けていたら、それって全然カリフォルニアじゃないよね。しかも私は、正真正銘ほんとの日本人だよ!(寿司の国から来てると言いたい)



ちなみにお寿司の中毒性についてだけど、真相は謎と前置きしておくけれども、前にテレビで、ノルウェーサーモンの養殖に使われている餌の中に、実はEUで禁止されている有害物質が入っていて、幸いなことに基準値を上回ってはいなかったのだけど、今まで餌会社を信じていた良心の漁師さん、愕然とし、憤慨、、、、という内容のルポルタージュを観たことがある。。


超絶理系のコーチいわく、「こんなEUの基準値なんか嘘で、少量でも十分危険、特に子どもを作りたい場合には」とのことだけど、あの番組を観て、「しばらくサーモンを食べるのはよそう」と無言で誓い合ったのはいつだったか、、、。あれからしばらくは、ショックで二週間に一回に減らしたものの、気が付くと下手すると毎週一回は、Sushi night!前のリズムに戻っている我々である。。


餌の中に含まれる危険因子以外にも、養殖だからどうしても大量の鮭同士がゲージの中でぶつかり合い、傷が出来ると他の鮭にも病気が移りやすく、危険、というシーンもあった。これ程にも世界的にSushiが人気だと、その需要に供給が追いつかず、人工的かつ、まるで機械的な養殖に頼るしかないという現実が出来上がっているけど、ほんとうに食の安全については、大事な問題だなぁと思う。それらを口にする、私たち消費者自身が意識していかないことには、避けられない問題だろう。個人レベルで注意し、戦うしかない。







8月になった。7月も終わりに差し掛かると、パリジャンの一群は大体海か、山か、田舎の方へバカンスで出かけて行くので、その代わり、今の街には観光客が多い、多い。歩いていても、聞こえて来るのはフランス語よりも英語、スペイン語、イタリア語、中国語だ。韓国の方もよく見かけるな。昨日の夜は、食事の後、暑かったせいもありアイスクリームが食べたくなって、散歩を兼ねて、マレの方へぐるーーっと歩いて行ったんだけど、あの辺りのいわゆる高級住宅街は、まるで「空っぽです」と屋根の上に音が出ているように、静かだった。あれ程までに辺り一帯の人が出払ってしまっているという音が聞こえてくるなんて。(しかし、そうなると今度は空き巣が心配なフランスである。あぁ、これが現実…….。私もフランスで暮らしていて、スリよりも何よりも怖いのは空き巣である。)



土曜の夜は、上の写真にある通り、19区の端っこにあるラ・ヴィレットという公園で毎年夏に開催される、野外映画祭に出かけてきた。初めて行ったのが二年前だったな。次の日ローマに発った前日だった、よく覚えている。それが彼との初めてのバカンスだったから。(と書くと響きだけはかっこいいけど、なぜ覚えているかというと、その時もう1年半も付き合っているのに、や・・っと初めて一緒に過ごすバカンスで、『こんな遅いリズムで、これから私たち一体どうなるの、大丈夫かな。。』と不安に思ったのをよく覚えているから(苦笑)!)



毎日違う映画が上映されていて、毎週日曜日の夜は、レトロな映画の様子。映画の上映自体は夜10時から始まるけど、みんな早めに行って、場所取りを兼ねたピクニックをする。いくら夏でもヨーロッパの夏なので、10時半頃には肌寒くなる。よって、みんなダウンジャケット(!)を着込んでいたり、薄手の毛布にくるまったり、もしくはひたすら赤ワインを飲んだりして、防寒必須で、観る。今年のプログラムはここで見れます。


この日私たちが見たのは、Take Shelterというアメリカ映画。ちらっと批評をチェックして観に行ったら、四つ星だったのでかなり期待して観たけど、前半の30分はまだまだ話に引き込まれて、真剣になって観たものの、ある時から覚めてしまって、最終的にはあまり面白いとは言えなかった。しゅん。けど、いいのさ。外で大きなスクリーンで観る。この環境が十分楽しいから。ちなみにスクリーンは、空気を入れて膨らます、大きなクッションのようになっていて、気付いた時、笑った。芝生に着いた時、スクリーンがないので「あれ?」と思っていたら、そのうちぶくぶくと立ち上がるものが見えて、何かと思ったらまるでミシュランタイヤのキャラクターのごとく白く膨らむ、スクリーンだった。



ラ・ヴィレットではその場で長椅子も借りることができ、楽な姿勢で鑑賞することも出来るけど、中には自宅から簡易チェアを持ってきて、静かに見ふける初老の紳士の姿があり、『あぁ早くあんな風に、誰にも邪魔されることなく、雰囲気をまとった老人になりたい』と思わず思ってしまった…。まだ31歳ですけど?!今仕事探しを初めて、ちょっとまた精神的に辛い時期に突入しそうな兆しだからさ、つい。ただでさえ興味のある・応募出来る求人が少ないのに、応募して面接にも呼んでもらえないとなると、人間、落ち込むよねー。アパートと同じて、ポジティブでいるのが大事で、きっとどこかでまた素晴らしい仕事に巡り逢えると思うけど、書類でも通過しないなんて、うぅ。


と、一抹の不安はあるけど、あまり深く考えず、せっかくの楽しい夏なので、明るく切り抜けたいと思いまーす。








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アパート探しは依然続行中



あんなに暑かったのはどこへやら、またひんやりとしたいつもの夏に戻ってしまいました。もうフランスの夏は終わり?終わったの…?と、みんなが不安に思っていることであろう。再び夏がやってくることを、期待。


15件はいってないかもしれないけど、内見に行ったアパートの数、依然、増えております。これは、最初の方に見に行って、『やっぱりこれに、オファーしとけばよかったぁ…』と後悔しているアパート。結局この物件だけが、フランスらしいかわいい古いタイプで、ちゃんと寝室が二部屋あった。。部屋自体も全部で66㎡あったしね。広かったよ。けれどキッチンとバスに工事が必須で、それにビビっていたら、そんな心配はもとより、知らないおじさんに現金でさくっと買われて行ったのだったーーーー。


さーて、どこへ決まるやら。。





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We read fashion magazines together
 

仲良し、大好きな姪っ子



#なんで姪っ子ってこんなにかわいいの

#自分の子が同じくらい可愛がれるか、今から心配w



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熱中注意報


Having some sun in the sofa... in my favorite ZARA dress :)

That was a while ago!





皆さんお元気ですか。私はせっせと真面目に、ちょっとでも毎日ブログを更新しようとやる気いっぱいですのでよろしくお願いします 日本は梅雨だそうですが、今週こちらでは、ものすごい猛暑がフランス中を襲うと予想されていて、今日が最高の、なんと39℃だそう!そしてしばらく、この暑さが続くようで。母に話したら、「29℃の間違いじゃないの」と言われたが、39℃なんである。とろんとぬふ!北にあるパリでさえすでに39℃なら、南フランスやイタリア、スペインではどうなっているんだろう... 考えるだけで恐ろしい


こうなると、クーラーなんて備わっていないフランス、まるで2003年の記録的な猛暑を思い出す。たくさんのお年寄りが暑さのせいで亡くなったっけ。。今年はそうならないことを切実に祈ります。ちなみに私は2003年の8月、幸いひどい猛暑が過ぎ去った後に、初めてフランスへやって来た。16区のアルジェリア人マダムの家に、一ヶ月お世話になった、いい思い出がある。あの時、(まぁ16区だったせいだけど)あまりに洗練されて、まるで教科書の中に飛び込んだようなシックなパリの姿に、いい意味で衝撃を受け、打ちのめされた。以来、今に至ると言ってもいい。あの体験からすべては始まったんだ。



すでにこの暑さのせいで、街中が慌ただしく、昨日はあちこちで渋滞が発生し(なぜ?いまいち関係性が分からない。。機動隊まで見た。)、バスのダイヤは乱れに乱れまくっていた。30分も来なかったんだよ!!こっちは習字教室に行きたいのにさっ。待つ人みんな、ブーブー言っていた。当然だよね!まったく。



しかも何人かが遠くでバスを停めて休む運転手に詰め寄って、「もう20分も待っているんだけど、どうして一台も来ないの??」と質問したら、なぜか運転手は逆ギレして、両手を振りかざして怒っていた..... "On a envie de comprendre!(なんでなのか知りたいだけじゃないの!)"と憤慨するマダムは、最もである。


人間や交通ダイヤまでおかしくしちゃう、異常な暑さです。。





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なんかまた、引っ越しするらしい。。。の巻

本来ならわざわざ載せるに値しないであろう写真ですが、、
今の家のキッチン。狭いけど便利で、新しいし、使いやすいし、気に入ってる。
この左側に流しと、冷蔵庫があります。
この台の下に、洗濯機と食洗機があるけど、食洗機は使っていない(笑)。
かなりデカい冷凍庫付き冷蔵庫なので、これだけ唯一、妹に勝った(笑)!






ま〜もう誰も驚かないと思うけど、なんだかまた、近々(と言っても早くて三ヶ月以内くらいか)に、引っ越しする予感。毎年この季節になると、家探しをしている。。そうすると、パリに来て、4回目の引っ越しということになるだろうか。。でも今回は違うのだ!なんと、、いよいよ買うことに、、!!こんなふらふらしている私にも、ついにこの時が来た、、!でも、まさか一人で買うわけもなく、もちろんコーチとの今後を考えての、共同購入でありますが、、自分が一番ビビっているよ



そうは言っても、(コーチはまだしも)私の経済力では到底パリ市内にアパートなんて、買えないのだ。夢のまた夢。
もう財産ころがすためとか、投資のために(一緒かw)、ひたすら市内のアパートを買いまくっては住まない、中東などのお金持ち、、、恨むぞ!!(そうして価格が高騰していくため...)


それから、いつか生まれてくる子どものためにも、やっぱり緑多い地区で暮らしたいというのが私も彼も希望であって、そうすると必然的に、市内を出て、どこか近場の郊外に移ることになりそうです。



昨日、日曜日、目星を付けているいくつかのエリアを下見しに、車で回ってきた。主に、南西部の郊外から、北西部まで。今のところ分かっているのは、コーチが働いているのがラ・デファンスという、東京でいうまるで新宿のような高層ビルが並ぶ、フランス屈指のオフィス街なので、とにかく西側じゃないと通勤に不便だということ。ヴァンセンスなどもいいけれど、パリの東に当たるので、いいエリアだけれど今のところ検討していません。ヴェルサイユという案もあるけど、かなり遠くなるので却下。(そしてやはり、ヴェルサイユ出身というのは王宮のイメージが付きまとって、事実高級住宅地が並ぶし、かなり優雅な感じらしい)



車を取りに、パリの南郊外にあるコーチの実家から出発!回ったのは、クラマール、今人気のイシー・レ・ムリノー、ムードン、セーヴル、ブーローニュ(これはまだパリに近い、ほぼパリと言ってもいい。メトロもあるし)、サン・クル、シュレンヌ、ピュトー、ラ・デファンスを越えてクルブヴォワ、ベコン、ジュヌビリエー、アニエール、それから橋を渡ってクリシー・ルヴァロワ!途中で休憩したものの、ざっと5時間はかかったでしょうか。私が運転したわけでもないのに、ぜえはあ。間違っても自転車なんかで回らなくてよかった!!と思わず恐怖が走ったくらいです。(一人で富士山登る程何気に超体育会系、しかもけっこうサディスティックな鬼コーチと自転車なんて、、、、私、ぼろ雑巾のようになって死んでしまうわ、、、




市内が高いのは周知の事実なので、大体同僚なんかでも、サン・クルやピュトーなんかに住んでいた。クルブヴォワに住んでいる人もいたね。私たちも、典型的にそういうトレンドに乗ることになりそう。今やパリ市内で家庭を持って暮らすなんて(つまり、最低でも3部屋あるということ)、よっぽどどこか大企業の管理職が、マーケティングディレクター、もしくは元大使、有名な研究者でもない限り、難しい。。。



ちなみに私の元上司、マーケティングのボスが、生まれも育ちもパリ3区、マレという人で、そういう人もなかなか珍しいと思うのだけど、彼女の話を聞く度に、『あぁこういう人こそが、生粋のパリジェンヌなんだな』としびれたものだった。常にパリの中で育ったので、やっぱり車の運転は苦手だし、車も持っていない。最も、常にタクシー通勤というゴージャスな人だったのだけれど、、、




まだまだ始めたばっかりだけど、次なる家探し、さーてどうなるでしょうかっ。Wish me luck!






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Dream world

Rue de Rambuteau.




家のわりと近くの、ランブュトー通りより。昔マルシェだったのか、今でもお肉屋さんだったりお惣菜屋さんだったり、お花屋さんがあったりと、賑やかな、商店の多い通りなのだけど(てか商店って、、、昨今の日本人はこのような物言いをするであろうか。。しないよね。。汗)、かわいくって好きな通りである。それを抜けると、みんな大好きなマレに着くよーー。







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L'essentiel est invisible.

思わず、「大切なものは、目に見えない」という言葉を思い出した、壁につたって咲くバラ。力強い。姪っ子を迎えに行く、15区の公園より。







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子どもの成長は、なんと早いものか



昨日、二週間ぶりに会った姪っ子。この日、ノルマンディーからフランスのおじいちゃんが来ていたので、姪っ子は私なんてそっちのけで、おじいちゃんに夢中だったけど(悲しくなんかなかったさー!!)、ちょっと見ない間に、この成長っぷり。。


いや、前からもう歩いてたけどさ。赤ちゃんっぽさがなくなって、もうすっかり幼児の風貌、いや、れっきとした小さなフランス女の風格ばっちりなのである。


木漏れ日が綺麗だったのと、歩く後ろ姿が愛らしかったので、思わず撮った。パリに帰ってきたから、また夕方迎えに行くよ〜〜〜



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I no longer belong here

前置きもなく始めるけれども。ひゃー、またも時間が経ってしまった。しかし!こう見えても、私は2月は友達に頼まれた翻訳の仕事をし、3月は中旬から、二週間ほど日本語教師の養成講座に通ったりと、なかなか真面目に、忙しくしておったのだよ。そしてもちろん、その合間には、平行して習字のお稽古へ。早く三段くらいになりたいと思うものの、なかなか一人では辿り着けないわけで、もどかしい。それを解決してくれるのは、練習あるのみであります。

 

 

そして実は、昨日までの約二週間ほど、日本へ帰っていた。やっと心身ともに落ち着いてきたということもあり、4月は時間がありそうだったのと、今年の夏は帰れないことが分かっていたので、これを逃すと、次は年末。それはちょっと遠いなぁ、と思い。思い立ったが吉日で、一ヶ月前に予約を取ると、旅立つ日はあっという間にやって来た。こんなにも早く、『あ、帰ろう!』と決めたこと、ないってぐらい。改めて、自分のフットワークの軽さというか、無計画さに、我ながら、ブラボー。

 

 

一緒に暮らしているコーチは私がいない間、やはり寂しかったようで、『もう、私一人の身じゃないのね』とまるで妊婦のように感傷に浸ってみたり。別々に暮らしていればどうってことなくても、もうすっかり二人での暮らしが出来上がっている中で、どちらか片方が二週間もいなくなると、相手の不在というのは大きいものなのだろう。旅立ってからというもの、ほぼ毎晩チクチク言われたけれど、それでも快く送り出してくれたので、感謝している。

 

 

行きだけ成田に着いて、初めて成田エクスプレスという電車に乗って、品川まで出た。品川の近くに住む、友達のところへ泊めてもらえることになっていたから。ちょうどラッシュアワーでごった返す品川駅に着くと、成田エクスプレスが着いたホームからは、家へと急ぐ人と見事にすれ違う仕組みになっていて、私はスーツケースを持ち、季節外れの野暮ったい厚着をしたまま(だってまだパリは寒かったからさ)、なるべく人々の邪魔にならないよう、人ごみを逆流して歩いた。なぜだろう、大量の、どれも同じような黒っぽいスーツを着た人たち、季節柄、リクルートスーツに身を包んだ、いかにもフレッシュで、新社会人という感じの若者にも出くわす 誰も疲れているので、皆、無表情で、ただ家路へと急ぐ。そんな人々と大量にすれ違い、私はなぜか、同じ日本人のはずなのに、『もう私はここには属さない』、そんな風に感じた。直感的に。

 

 

1月の、テロに対するマーチの時。同じくマーチが終わって家へ帰る人々と、リヴォリ通りの中央分離帯の上から逆流して、すれ違った時、私の心は、こうした人々と一緒にあって、同じように感じ、同盟を、連帯を感じていたというのに、なぜ、自分の国へ帰った途端、同じようには感じられないのか。ことさら矛盾のように思えて、おかしくもあったし、同調できない自分が悲しくもあった。心ではいつも、遠く離れた日本のことを思い、日本で何が起こっているか、時事ニュースだって出来るだけ目にするようにし、なるべく置いてきぼりにならないよう、気をつけているというのに、私の心は、もう同じ日本人の中では異国人のように感じるなんて。

 

 

電車の中でも、みんな一心不乱に手元の携帯に見入っている。その目は、生気に満ちていなくて、疲れだけが読み取れ、彼らが一体何を考えているのか、その表情からは読み取ることが出来ず、不安になり、怖くなるとともに、心が痛くなった。同じ電車でも、パリのメトロに乗っている人々の方が表情豊かで、ドラマチックである。ラテンと、Zenであることの違い。アティチュードからして違う。

 

 

日本とフランスが、その言葉のように、まったく違う社会で、文化であることはよく分かっているし、今更その違いを訴えようとも、批難しようとも思わない。ただ、本当にまったく違うと、こういう日常のワンシーンを目にするだけで、思ってしまう。そして、「もっと自己主張しなさい!」、「もっとはっきり言わないと駄目よ」と、ほぼ毎日のように怒られた怒濤の会社員時代を思い出し。。。それはそう遠い昔ではないのだが、やはり、日本人をフランス人にトランスフォームしようとしたって、畑が違うというか、いくら努力しても無理な話だったのだな、と思う。そう叱ってくれた上司には本当に感謝しているし、それは妥当な評価であったし、私の出来が悪くて、申し訳なかったなと思う。心ではいつも、そうなりたいと思っていたし、それが当時の私にとって、一番のミッションだったなと思う。

 

 

今は一時的に仕事を休んでいることもあって、ただフランスで暮らしてりゃいいので、こんなに楽なことはない。最も、日本で過ごすと、後半になるに従ってますます居心地がよくなり(当たり前なのだけど)、どんな店へ行ってもお店の人は優しいし、すこぶる丁寧だしで、いつもフランスに帰る度に、『あぁまた、お店の人が、冷たく、不親切な国へ帰らねばならぬ。。』と、ぐっと来るものがあるのだけど、と同時に、『また頑張ろう』と気持ちを新たにするというか。何度したって、やはり少しだけ、帰る前にはいつも勇気を奮い起こす自分がいる。

 

 

そんな不安な気持ちを抱えたまま、シャルル・ド・ゴール空港に着くと、迎えてくれたのは、優しい夏の太陽だった。真夏というにはまだ早いけれど、街行く人は皆夏の格好をして、女子はワンピースだったり、ノースリーブだったりと、まるで私がいなかったほんのちょっとの間に、季節が変わっていたみたい。それまでも、彼からのメールで、「最近パリはすごく天気いいよ。今日も一人で散歩して、セーヌまで行ってきたけど、カップルだらけで(と、以降愚痴をぶつけられる)」と天気がいいのは知っていたのだけれど、あまりにも長く暗い冬のおかげで、夏という季節がほんとうに存在していて、また訪れてくれたということ、信じられないでいた。タクシーから、きょろきょろと覗く。(えぇ、荷物が多いことを理由に、誘惑に負けてタクシーに乗ったとも!!)知っている街のはずなのに、こうにも日差しや、季節が違うだけで、物珍しく映る。まるで、初めて見る街のように。新鮮に映った。

 

 

あまりにも太陽は優しく、美しいので、おかげで大丈夫、ここでまた生きていけるさという気になってくる。あのまま日本に住んでいれば、何にかっかすることなく、心穏やかに暮らせただろうけど、それでも私は、私の人生を変えることを選んだ。後悔していない。辛かった日々を除いても、手に入れた今の生活や友は、かけがえがなく、最近ようやく、これから何年、フランスに暮らすことになろうとも、怖くない。そう、思えるようになった。

 

 

これってものすごい変化で、自分が一番びっくりしている。簡単な例だけど、例えば、最初の頃は仕事が大変過ぎて、『満期の3年まで、私、持つかな』と涙したり(母が証言)、好きな画集でも、これは重たいから持って帰るの大変になるから、買うのやめよう、と思ったり、お皿でも、なるべく買わず、やはり理由は、持って帰るの大変になるからやめよう、、だったのだけど、ここ半年くらいは、画集は買っちゃうし、食器もいろいろ買い揃えたしで、いつの間にか、私の心はしっかりとフランスに根付いていたようで。びっくりした。

 

 

« I no longer belong here » とも思うし、« I belong to nowhere »とも思う。もしかしたら、この先また違う国に住むことになるかもしれない。未来のことは誰にも分からない。いつも、今までも、何も分からなかったのと同じように。

 

 

***

 

 

日本で読みたい本をたくさん買った。最近日本語・国語について勉強していることもあって、そういう日本語関係の本も、たくさん。母国語ゆえに、近過ぎて、意識しなかったけど、「日本語」って語学の目線で考えると、むちゃくちゃ面白い。私は英語もフランス語も好きだけど、自分の言語である日本語も昔から好きである。今でも日本語は3Dだと思っているし。

鉄は熱いうちに叩けで、興味のあることは、興味のあるうちに集中して吸収!また来月か、その後くらいには、きっと違う波が来ていることと思うけど、今は国語に夢中であります。(広島のホテルでは、置いてあった現代語訳の「古事記」も読んだことだし。何してんだ(笑)。)

 

 

***

 

今回の帰省で、子どもの頃、小学・中学と書道を習っていた、まさに一番始めの先生に会いに行った。昔となんら変わりなく、84歳とは思えない程元気である。14歳で別の教室に移った私が、31になりこうして会いに行くと、やはり記憶と目の前の人物とが繋がらなかったらしく、最初はやはりぎこちなかったのだが、それでも良くして下さった。有り難い。

 

 

私は(少しでも話が盛り上がるようにと)今使っている筆と、お稽古で書いた、一番ましと思われる臨書を、半紙と半切、それぞれ5枚ずつくらい、様々な書体のを持って行き、見てもらったのだけど、飛んできた言葉はやっぱり、「これはまだ、先が長い …!」であったので、昔と変わらぬ先生の率直さ、言葉の優しさに、感動しました。ごもっともであります。早く、八段くらいにならなければ、本来ならこうして見てももらえないのだろうな、と感じ取ってしまった。

 

 

子どもの頃の私と、大人になった私とが段々と頭の中で繋がってきたのか、自然と話も盛り上がり、84歳の先生は、84になった今でも、毎月東京の方へ、自分の書いた臨書を送り、添削してもらっていると聞いた際にはべっくらして倒れそうになったといいますか、人間やはし、死ぬまで一生、勉強なのだなと意識を新たにしたというか、私の先がまだまだ長い(半人前以下)というのは当然のことなんだな、と、いろいろな感情がごっちゃ混ぜになって、なんかもう、「ははー!」とひれ伏すしかない。そんな感情になった。

 

 

別れる際には、昔の先生のユーモアと変わらぬ調子で、「もう別れて、帰ってこい!わしの後を継いで欲しい。(自分が死んだら)持ってる墨も道具も、全部捨てんといけんくなる」とおっしゃって、『いやそれは、捨てないで、是非遺品として頂きたい!』とちゃっかり思ったのだけれど、始めは冗談かと思って笑って聞き流していたら、先生は何度もそう言われるので、私も考えてしまって、この街に帰ってきて、先生のところへ弟子入りして、一生独身で終わったかもしれないけど、書に、芸に身を費やす人生も、悪くなかったかと、そういう人生もありだったかと思ったりしたけれども、残念ながら、現実はそうはゆかないわけで、私にはパリでの生活があるわけで、体が二つあったらと思わぬこともなかったけれども、悲しくて、複雑な気持ちになった。

 

 

そういう道もあるということ、もっと早く知れたら、違う風になっていたかもしれない。けれど、私がまだ書道を始めたのは、フランスに来てからであって、フランスへ来ていなかったら、私はまた書道を始めようとも、思わなかったのだ。これもまた、不思議な縁である。そして、今習っているパリの先生の才能に、べた惚れしている。先生の描くような世界、それも「書く」という漢字だけではなく、「描く」という要素もあるのだけど、つまりは「誰も字など書いてはいない」、、、あの言葉はほんとうだなぁと思うのだけど、私がそんな風に、書を通じて表現出来るようになるのは、言葉の上で言う三段とか、八段を通り越して、まだまだ本当に長い道のりが待ち構えているのであって、果てしのない、無駄な投資をしているのだろうか、高く付くな、、と、思わぬこともないのだけれど、文章でも書道でも、書くことが好きだし、家でお稽古していれば、母に「書いてる時嬉しそう、楽しそう」と言われ、その言葉が妙に嬉しく、念願叶って初めて熊野の町へ行けば、子ども時代の先生が即電話を入れておいてくれたこともあって、お店の人が非常に良くして下さり、熊野筆と言えば、今ではすっかり、化粧筆の方が有名になり、売り上げでも勝るという話で、「こんな若い方が、書道を」と伝統工芸師の方も喜んで、筆が出来るまでの様々な工程のお話をして見せて下さったり、町の書道具店で紙を買えば、いつも必ず1割引してくれたり、家用にと買った硯なんて、相当古いものだからと3割引きもして下さって、書道のおかげで、よいことばかりなんである。有り難い。

 

 

せっかくこうしてフランスにいるのだから、なんかもう諦めて()、普通とは違う道を行くことにする。日本にいたら、あのまま一生懸命会社員をやって、書道のこともてんで思い出さず、刺激のない、孤独な人生を歩んでいただろう。フランスに来て、大変なことはいっぱいあるけれど、私は今の生活が好きだ。それが、すっかり、リズムとして出来上がっているのを感じる。

 

 

これからも不定期だと思いますが、思ったことをつれつれと書いていきますのでよろしくです。(あと基本的なスタンスとして、日本のことを批判するつもりも、フランスの方が日本より優れてるなどど思う気は毛頭もありませんので、誤解されませぬよう...!)

 

 

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